かし病気の為に、反《かへ》つて僕は救はれた。それから君、考へてばかり居ないで、働くといふ気になつた。ホラ、君の読んで下すつたといふ「現代の思潮と下層社会」――あれを書く頃なぞは、健康《たつしや》だといふ日は一日も無い位だつた。まあ、後日新平民のなかに面白い人物でも生れて来て、あゝ猪子といふ男は斯様《こん》なものを書いたかと、見て呉れるやうな時が有つたら、それでもう僕なぞは満足するんだねえ。むゝ、その踏台さ――それが僕の生涯《しやうがい》でもあり、又|希望《のぞみ》でもあるのだから。』

       (三)

 言はう/\と思ひ乍ら、何か斯《か》う引止められるやうな気がして、丑松は言はずに風呂を出た。まだ弁護士は帰らなかつた。夕飯の用意にと、蓮太郎が宿へ命じて置いたは千曲川の鮠《はや》、それは上田から来る途中で買取つたとやらで、魚田楽《ぎよでん》にこしらへさせて、一緒に初冬の河魚の味を試みたいとのこと。仕度するところと見え、摺鉢《すりばち》を鳴らす音は台所の方から聞える。炉辺《ろばた》で鮠の焼ける香は、ぢり/\落ちて燃える魚膏《あぶら》の煙に交つて、斯の座敷までも甘《うま》さうに通つて
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