、確実《たしか》に自分の世界のやうに思はれて来た。
(二)
上の渡しの方へ曲らうとする町の角で、一同はお志保に出逢《であ》つた。
丁度お志保は音作を連れて、留守は音作の女房に頼んで置いて、見送りの為に其処に待合せて居たところ。丑松とお志保――実にこの二人の歓会は傍《はた》で観る人の心にすら深い/\感動を与へたのであつた。冠つて居る帽子を無造作に脱いで、お志保の前に黙礼したは、丑松。清《すゞ》しい、とはいへ涙に霑《ぬ》れた眸《ひとみ》をあげて、丑松の顔を熟視《まも》つたは、お志保。仮令《たとひ》口唇《くちびる》にいかなる言葉があつても、其時の互の情緒《こゝろもち》を表すことは出来なかつたであらう。斯《か》うして現世《このよ》に生きながらへるといふことすら、既にもう不思議な運命の力としか思はれなかつた。まして、さま/″\な境涯を通過《とほりこ》して、復《ま》た逢ふ迄の長い別離《わかれ》を告げる為に、互に可懐《なつか》しい顔と顔とを合せることが出来ようとは。
丑松の紹介で、お志保は始めて未亡人と弁護士とを知つた。女同志は直に一緒に成つて、言葉を交し乍ら歩き初めた。音作も亦《また》、丑松と弁護士との談話仲間《はなしなかま》に入つて、敬之進の容体などを語り聞せる。正直な、樸訥《ぼくとつ》な、農夫らしい調子で、主人思ひの音作が風間の家のことを言出した時は、弁護士も丑松も耳を傾けた。音作の言ふには、もしも病人に万一のことが有つたら一切は自分で引受けよう、そのかはりお志保と省吾の身の上を頼む――まあ、自分も子は無し、主人の許しは有るし、するからして、あのお末を貰受けて、形見と思つて育《やしな》ふ積りであると話した。
上の渡しの長い船橋を越えて対岸の休茶屋に着いたは間も無くであつた。そこには銀之助が早くから待受けて居た。例の下高井の大尽も出て迎へる。弁護士が丑松に紹介した斯《こ》の大日向といふ人は、見たところ余り価値《ねうち》の無ささうな――丁度田舎の漢方医者とでも言つたやうな、平凡な容貌《かほつき》で、これが亜米利加《アメリカ》の『テキサス』あたりへ渡つて新事業を起さうとする人物とは、いかにしても受取れなかつたのである。しかし、言葉を交して居るうちに、次第に丑松は斯人《このひと》の堅実《たしか》な、引締つた、どうやら底の知れないところもある性質を感得《かん
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