へ慣《な》れた教室の内を物寂しく照して見せる。平素《ふだん》は何の感想《かんじ》をも起させない高い天井から、四辺《まはり》の白壁まで、すべて新しく丑松の眼に映つた。正面に懸けてある黒板の前に立つて、白墨で解答《こたへ》を書いて居る省吾の後姿は、と見ると、実に今が可愛らしい少年の盛り、肩揚のある筒袖羽織《つゝそでばおり》を着て、首すこし傾《かし》げ、左の肩を下げ、高いところへ数字を書かうとする度に背延びしては右の手を届かせるのであつた。省吾は克く勉強する質《たち》の生徒で、図画とか、習字とか、作文とかは得意だが、毎時《いつも》理科や数学で失敗《しくじ》つて、丁度十五六番といふところを上つたり下つたりして居る。不思議にも其日は好く出来た。
『是と同じ答の出たものは手を挙げて御覧なさい。』
後列の方の生徒は揃つて手を挙げた。省吾は少許《すこし》顔を紅《あか》くして、やがて自分の席へ復《もど》つた。参観人は互に顔を見合せ乍ら、意味の無い微笑《ほゝゑみ》を交換《とりかは》して居たのである。
斯《か》ういふことを繰返して、問題を出したり、説明して聞かせたりして、数学の時間を送つた。其日に限つては、妙に生徒一同が静粛で、参観人の居ない最初の時間から悪戯《わるふざけ》なぞを為るものは無かつた。極《きま》りで居眠りを始める生徒や、狐鼠々々《こそ/\》机の下で無線電話をかける技師までが、唯もう行儀よくかしこまつて居た。噫《あゝ》、生徒の顔も見納め、教室も見納め、今は最後の稽古をする為に茲《こゝ》に立つて居る、と斯《か》う考へると、自然《おのづ》と丑松は胸を踊らせて、熱心を顔に表して教へた。
(五)
『無論市村さんは当選に成りませう。』と応接室では白髯《しろひげ》の町会議員が世慣《よな》れた調子で言出した。『人気といふ奴《やつ》は可畏《おそろ》しいものです。高柳君が彼様《あゝ》いふことになると、最早誰も振向いて見るものが有ません。多少|掴《つか》ませられたやうな連中まで、ずつと市村さんの方へ傾《かし》いで了ひました。』
『是《これ》といふのも、あの猪子といふ人の死んだ御蔭なんです――余程市村さんは御礼を言つても可《いゝ》。』と金縁眼鏡の議員が力を入れた。
『して見ると新平民も馬鹿になりませんかね。』と郡視学は胸を突出して笑つた。
『なりませんとも。』と白髯の議員も笑
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