《こつち》のものさ。瀬川君のかはりには彼《あ》の甥《をひ》を使役《つか》つて頂くとして、手の明いたところへは必ず僕が適当な人物を周旋しますよ。まあ、悉皆《すつかり》吾党で固めて了はうぢや有ませんか。左様《さう》して置きさへすれば、君の位置は長く動きませんし、僕も亦《ま》た折角心配した甲斐《かひ》があるといふもんです――はゝゝゝゝ。』
斯ういふ談話《はなし》をして居るところへ、小使が戸を開けて入つて来た。続いて三人の町会議員もあらはれた。
『さあ、何卒《どうぞ》是方《こちら》へ。』と校長は椅子を離れて丁寧に挨拶する。
『いや、どうも遅なはりまして、失礼しました。』と金縁の眼鏡を掛けた議員が快濶《くわいくわつ》な調子で言つた。『実は、高柳君も彼様いふやうな訳で、急に選挙の模様が変りましたものですから。』
(四)
其日、長野の師範校の生徒が二十人ばかり、参観と言つて学校の廊下を往つたり来たりした。丑松が受持の教室へも入つて来た。丁度高等四年では修身の学課を終つて、二時間目の数学に取掛つたところで、生徒は頻《しきり》に問題を考へて居る最中。参観人の群が戸を開けてあらはれた時は、一時靴の音で妨げられたが、軈《やが》て其も静つてもとの通りに成つた。寂《しん》とした教室の内には、石盤を滑る石筆の音ばかり。丑松は机と机との間を歩いて、名残惜しさうに一同の監督をした。時々参観人の方を注意して見ると、制服着た連中がずらりと壁に添ふて並んで、いづれも一廉《いつぱし》の批評家らしい顔付。楽しい学生時代の種々《さま/″\》は丑松の眼前《めのまへ》に彷彿《ちらつ》いて来た。丁度自分も同級の人達と一緒に、師範校の講師に連れられて、方々へ参観に出掛けた当時のことを思ひ浮べた。残酷な、とは言へ罪の無い批評をして、到るところの学校の教師を苦めたことを思ひ浮べた。丑松とても一度は斯の参観人と同じ制服を着た時代があつたのである。
『出来ましたか――出来たものは手を挙げて御覧なさい。』
といふ丑松の声に応じて、後列の方の級長を始め、すこし覚束ないと思はれるやうな生徒まで、互に争つて手を挙げた。あまり数学の出来る方でない省吾までも、めづらしく勇んで手を挙げた。
『風間さん。』
と指名すると、省吾は直に席を離れて、つか/\と黒板の前へ進んだ。
冬の日の光は窓の玻璃《ガラス》を通して教
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