ことが有るんでね。』とすこし言淀んで、『実は――此頃《こなひだ》久し振で娘に逢ひました。』
『お志保さんに?』丑松の胸は何となく踊るのであつた。
『といふのは、君、あの娘《こ》の方から逢つて呉れろといふ言伝《ことづけ》があつて――尤《もつと》も、我輩もね、君の知つてる通り蓮華寺とは彼様《あゝ》いふ訳だし、それに家内は家内だし、するからして、成るべく彼の娘には逢はないやうにして居る。ところが何か相談したいことが有ると言ふもんだから、まあ、その、久し振で逢つて見た。どうも若いものがずん/\大きく成るのには驚いて了ふねえ。まるで見違へる位。それで君、何の相談かと思ふと、最早々々《もう/\》奈何《どう》しても蓮華寺には居られない、一日も早く家《うち》へ帰るやうにして呉れ、頼む、と言ふ。事情を聞いて見ると無理もない。其時我輩も始めて彼の住職の性質を知つたやうな訳サ。』
 と言つて、敬之進は一寸徳利を振つて見た。生憎《あいにく》酒は盃《さかづき》に満たなかつた。やがて一口飲んで、両手で口の端《はた》を撫《な》で廻して、
『斯《か》うです。まあ、君、聞いて呉れ給へ。よく世間には立派な人物だと言はれて居ながら、唯|女性《をんな》といふものにかけて、非常に弱い性質《たち》の男があるものだね。蓮華寺の住職も矢張《やはり》其だらうと思ふよ。彼程《あれほど》学問もあり、弁才もあり、何一つ備はらないところの無い好い人で、殊《こと》に宗教《をしへ》の方の修行もして居ながら、それでまだ迷が出るといふのは、君、奈何《どう》いふ訳だらう。我輩は娘から彼《あ》の住職のことを聞いた時、どうしても其が信じられなかつた。いや、嘘だとしか思はれなかつた。実に人は見かけによらないものさね。ホラ、彼の住職も長いこと西京へ出張して居ましたよ。丁度帰つて来たのは、君が郷里の方へ行つて留守だつた時さ。それからといふものは、まあ娘に言はせると、奈何《どう》しても養父《おとつ》さんの態度《しむけ》とは思はれないと言ふ。かりそめにも仏の御弟子ではないか。袈裟《けさ》を着《つけ》て教を説く身分ではないか。自分の職業に対しても、もうすこし考へさうなものだと思ふんだ。あまり浅猿《あさま》しい、馬鹿馬鹿しいことで、他《ひと》に話も出来ないやね。奥様はまた奥様で、彼様《あゝ》いふ性質の女だから、人並勝れて嫉妬深《しつとぶか》いと来て居
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