来て見ると、掻集めた木葉《このは》を背負ひ乍らとぼ/\と谷間《たにあひ》を帰つて来る人がある。散切頭《ざんぎりあたま》に、髯《ひげ》茫々《ばう/\》。それと見た白隠は切込んで行つた。『そもさん。』斯《か》ういふ熱心は、漸《やうや》く三回目に、恵端の為に認められたといふ。それから朝夕師として侍《かしづ》いて居たが、さて終《しまひ》には、白隠も問答に究して了《しま》つた。究するといふよりは、絶望して了つた。あゝ、彼様《あん》な問を出すのは狂人《きちがひ》だ、と斯う師匠のことを考へるやうに成つて、苦しさのあまりに其処を飛出したのである。思案に暮れ乍ら、白隠は飯山の町はづれを辿つた。丁度|収穫《とりいれ》の頃で、堆高《うづだか》く積上げた穀物の傍に仆《たふ》れて居ると、農夫の打つ槌《つち》は誤つて斯《こ》の求道者を絶息させた。夜露が口に入る、目が覚める、蘇生《いきかへ》ると同時に、白隠は悟つた。一説に、彼は町はづれで油売に衝当《つきあた》つて、其油に滑つて、悟つたともいふ。静観庵《じやうくわんあん》として今日迄残つて居るのは、この白隠の大悟した場処を記念する為に建てられたものである。
斯の伝説は兎《と》に角《かく》若いものゝ知らないことであつた。それから自分の意見を述べて、いよ/\結末《くゝり》といふ段になると、毎時《いつも》住職は同じやうな説教の型に陥る。自力で道に入るといふことは、白隠のやうな人物ですら容易で無い。吾他力宗は単純《ひとへ》に頼むのだ。信ずるのだ。導かれるのだ。凡夫の身をもつて達するのだ。呉々も自己《おのれ》を捨てゝ、阿弥陀如来《あみだによらい》を頼み奉るの外は無い。斯う住職は説き終つた。
『なむあみだぶ、なむあみだぶ。』
と人々の唱へる声は暫時《しばらく》止まなかつた。多くの賽銭はまた畳の上に集つた。お志保も殊勝らしく掌《て》を合せて、奥様と一緒に唱へて居たが、涙は其若い頬を伝つて絶間《とめど》も無く流れ落ちたのである。
やがて聴衆は珠数を提《さ》げて帰つて行つた。奥様も、お志保も、今は座を離れて、円柱の側に佇立《たゝず》み乍ら、人々に挨拶したり見送つたりした。雪がまた降つて来たといふので、本堂の入口は酷《ひど》く雑踏する。女連は多く後になつた。殊に思ひ/\の風俗して、時の流行《はやり》に後れまいとする町の娘の有様は、深く/\お志保の注意を引くので
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