死滅の思想は、人懐しさの情に混つて、烈しく胸中を往来し始めた。熾盛《さかん》な青春の時代《ときよ》に逢ひ乍ら、今迄|経験《であ》つたことも無ければ翹望《のぞ》んだことも無い世の苦といふものを覚えるやうに成つたか、と考へると、左様《さう》いふ思想《かんがへ》を起したことすら既にもう切なく可傷《いたま》しく思はれるのであつた。冷《つめた》い空気に交る香の煙のにほひは、斯の夕暮に一層のあはれを添へて、哀《かな》しいとも、堪へがたいとも、名のつけやうが無い。遽然《にはかに》、二人の僧の声が絶えたので、心づいて眺めた時は、丁度|読経《どきやう》を終つて仏の名を称《とな》へるところ。間も無く住職は珠数《ずゝ》を手にして柱の側を離れた。若僧は未《ま》だ同じ場処に留つた。丑松は眺め入つた――高らかに節つけて読む高祖の遺訓の終る迄《まで》も――其文章を押頂いて、軈《やが》て若僧の立上る迄も――終《しまひ》には、蝋燭の灯が一つ/\吹消されて、仏前の燈明ばかり仄《ほの》かに残り照らす迄も。

       (三)

 夕飯の後、蓮華寺では説教の準備《したく》を為るので多忙《いそが》しかつた。昔からの習慣《ならはし》として、定紋つけた大提灯《おほぢやうちん》がいくつとなく取出された。寺内の若僧、庄馬鹿、子坊主まで聚《よ》つて会《たか》つて、火を点《とも》して、其を本堂へと持運ぶ。三人はその為に長い廊下を往つたり来たりした。
 説教聞きにとこゝろざす人々は次第に本堂へ集つて来た。是寺に附く檀家《だんか》のものは言ふも更《さら》なり、其と聞伝へたかぎりは誘ひ合せて詰掛ける。既にもう一生の行程《つとめ》を終つた爺さん婆さんの群ばかりで無く、随分|種々《さま/″\》の繁忙《せは》しい職業に従ふ人々まで、其を聴かうとして熱心に集ふのを見ても、いかに斯の飯山の町が昔風の宗教と信仰との土地であるかを想像させる。聖経《おきやう》の中にある有名な文句、比喩《たとへ》なぞが、普通の人の会話に交るのは珍しくも無い。娘の連はいづれも美しい珠数の袋を懐にして、蓮華寺へと先を争ふのであつた。
 それは丑松の身に取つて、最も楽しい、又最も哀しい寺住《てらずみ》の一夜であつた。どんなに丑松は胸を踊らせて、お志保と一緒に説教聞く歓楽《たのしみ》を想像したらう。あゝ、斯ういふ晩にあたつて、自分が穢多であるといふことを考へたほ
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