いた。
『省吾さん。』と丑松は少年の横顔を熟視《まも》り乍ら、『君はねえ、家眷《うち》の人の中で誰が一番好きなんですか――父さんですか、母さんですか。』
 省吾は答へなかつた。
『当てゝ見ませうか。』と丑松は笑つて、『父さんでせう?』
『いゝえ。』
『ホウ、父さんぢや無いですか。』
『だつて、父さんはお酒ばかり飲んでゝ――』
『そんなら君、誰が好きなんですか。』
『まあ、私《わし》は――姉さんでごはす。』
『姉さん? 左様かねえ、君は姉さんが一番好いかねえ。』
『私は、姉さんには、何でも話しやすよ、へえ父さんや母さんには話さないやうなことでも。』
 斯《か》う言つて、省吾は何の意味もなく笑つた。
 北の小座敷には古い涅槃《ねはん》の図が掛けてあつた。普通の寺によくある斯の宗教画は大抵|模倣《うつし》の模倣で、戯曲《しばゐ》がゝりの配置《くみあはせ》とか、無意味な彩色《いろどり》とか、又は熱帯の自然と何の関係も無いやうな背景とか、そんなことより外《ほか》に是《これ》ぞと言つて特色《とりえ》の有るものは鮮少《すくな》い。斯《こ》の寺のも矢張同じ型ではあつたが、多少創意のある画家《ゑかき》の筆に成つたものと見えて、ありふれた図に比べると余程|活々《いき/\》して居た。まあ、宗教《をしへ》の方の情熱が籠るとは見えない迄も、何となく人の心を※[#「女+無」、第4水準2−5−80]《ひきつ》ける樸実《まじめ》なところがあつた。流石《さすが》、省吾は未だ子供のことで、其|禽獣《とりけもの》の悲嘆《なげき》の光景《さま》を見ても、丁度お伽話《とぎばなし》を絵で眺めるやうに、別に不思議がるでも無く、驚くでも無い。無邪気な少年はたゞ釈迦《しやか》の死を見て笑つた。
『あゝ。』と丑松は深い溜息を吐《つ》いて、『省吾さんなぞは未だ死ぬといふことを考へたことが有ますまいねえ。』
『私《わし》がでごはすか。』と省吾は丑松の顔を見上げる。
『さうさ――君がサ。』
『はゝゝゝゝ。ごはせんなあ、其様《そん》なことは。』
『左様だらうねえ。君等の時代に其様なことを考へるやうなものは有ますまいねえ。』
『ふゝ。』と省吾は思出したやうに笑つて、『お志保姉さんも克《よ》く其様なことを言ひやすよ。』
『姉さんも?』と丑松は熱心な眸を注いだ。
『はあ、あの姉さんは妙なことを言ふ人で、へえもう死んで了ひたいの、誰
前へ 次へ
全243ページ中148ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング