ました。帳面です、内に入つてるのは。是《これ》は君、家へ帰つてから開けて見るんですよ。いいかね。学校の内で開けて見るんぢや無いんですよ――ね、是を君に呈げますから。』
と言つて、丑松は自分の前に立つ少年の驚き喜ぶ顔を見たいと思ふのであつた。意外にも省吾は斯の贈物を受けなかつた。唯もう目を円《まる》くして、丑松の様子と新聞紙の包とを見比べるばかり。奈何《どう》して斯様《こん》なものを呉れるのであらう。第一、それからして不思議でならない。と言つたやうな顔付。
『いゝえ、私は沢山です。』
と省吾は幾度か辞退した。
『其様《そん》な、君のやうな――』と丑松は省吾の顔を眺めて、『人が呈《あ》げるツて言ふものは、貰ふもんですよ。』
『はい、難有う。』と復た省吾は辞退した。
『困るぢやないか、君、折角《せつかく》呈げようと思つて斯うして持つて来たものを。』
『でも、母さんに叱られやす。』
『母さんに? 其様な馬鹿なことが有るもんか。私が呈げるツて言ふのに、叱るなんて――私は君の父上《おとつ》さんとも懇意だし、それに、君の姉さんには種々《いろ/\》御世話に成つて居るし、此頃《こなひだ》から呈げよう/\と思つて居たんです。ホラ、よく西洋綴の帳面で、罫の引いたのが有ませう。あれですよ、斯の内に入つてるのは。まあ、君、其様《そん》なことを言はないで、是を家へ持つて帰つて、作文でも何でも君の好なものを書いて見て呉れたまへ。』
斯う言つて、其を省吾の手に持たして居るところへ、急に窓の外の方で上草履の音が起る。丑松は省吾を其処に残して置いて、周章《あわ》てゝ教室を出て了つた。
(三)
東の廊下の突当り、二階へ通ふやうになつて居る階段のところは、あまり生徒もやつて来なかつた。丑松が男女の少年の監督に忙《せは》しい間に、校長と文平の二人は斯《こ》の静かな廊下で話した――並んで灰色の壁に倚凭《よりかゝ》り乍《なが》ら話した。
『一体、君は誰から瀬川君のことを聞いて来たのかね。』と校長は尋ねて見た。
『妙な人から聞いて来ました。』と文平は笑つて、『実に妙な人から――』
『どうも我輩には見当がつかない。』
『尤も、人の名誉にも関はることだから、話だけは為《す》るが、名前を出して呉れては困る、と先方《さき》の人も言ふんです。兎《と》に角《かく》代議士にでも成らうといふ位の人物です
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