ざた》、酢《す》の菎蒻《こんにやく》のとやり出したので、聞く人は皆な笑ひ憎んだ。斯《こ》の坊主に言はせると、選挙は一種の遊戯で、政事家は皆な俳優に過ぎない、吾儕《われ/\》は唯見物して楽めば好いのだと。斯の言葉を聞いて、また人々が笑へば、そこへ弥次馬が飛出す、其尾に随いて贔顧《ひいき》不贔顧《ぶひいき》の論が始まる。『いよ/\市村も侵入《きりこ》んで来るさうだ。』と一人が言へば、『左様《さう》言ふ君こそ御先棒に使役《つか》はれるんぢや無いか。』と攪返《まぜかへ》すものがある。弁護士の名は幾度か繰返された。其を聞く度に、高柳は不快らしい顔付。ふゝむと鼻の先で笑つて、嘲つたやうに口唇を引歪《ひきゆが》めた。
斯《か》ういふ他《ひと》の談話《はなし》の間にも、女は高柳の側に倚添つて、耳を澄まして、夫の機嫌を取り乍ら聞いて居た。見れば、美しい女の数にも入るべき人で、殊《こと》に華麗《はなやか》な新婚の風俗は多くの人の目を引いた。髪は丸髷《まるまげ》に結ひ、てがらは深紅《しんく》を懸け、桜色の肌理《きめ》細やかに肥えあぶらづいて、愛嬌《あいけう》のある口元を笑ふ度に掩ひかくす様は、まだ世帯の苦労なぞを知らない人である。さすが心の表情は何処《どこ》かに読まれるもので――大きな、ぱつちりとした眼のうちには、何となく不安の色も顕《あらは》れて、熟《じつ》と物を凝視《みつ》めるやうな沈んだところも有つた。どうかすると、女は高柳の耳の側へ口を寄せて、何か人に知れないやうに私語《さゝや》くことも有つた。どうかすると又、丑松の方を盗むやうに見て、『おや、彼の人は――何処かで見掛けたやうな気がする』と斯う其眼で言ふことも有つた。
同族の哀憐《あはれみ》は、斯の美しい穢多の女を見るにつけても、丑松の胸に浮んで来た。人種さへ変りが無くば、あれ程の容姿《きりやう》を持ち、あれ程|富有《ゆたか》な家に生れて来たので有るから、無論相当のところへ縁付かれる人だ――彼様《あん》な野心家の餌《ゑば》なぞに成らなくても済《す》む人だ――可愛さうに。斯う考へると同時に、丁度女も自分と同じ秘密を持つて居るかと思ひやると、どうも其処が気懸りでならない。よしんば先方《さき》で自分を知つて居るとしたところで、其が奈何《どう》した、と丑松は自分で自分に尋ねて見た。根津の人、または姫子沢のもの、と思つて居るなら自分に取
前へ
次へ
全243ページ中124ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング