日を絲垂れ暮す

流れ藻の青き葉蔭に
隱れ寄る魚かとばかり
手を延べて水を出でたる
うらわかき處女《をとめ》のひとり

名のれ名のれ奇《く》しき處女《をとめ》よ
わだつみに住める處女《をとめ》よ
思ひきや水の中にも
黒髮の魚のありとは

かの處女《をとめ》嘆きて言へる
われはこれ潮《うしほ》の兒なり
わだつみの神のむすめの
乙姫といふはわれなり

龍《たつ》の宮荒れなば荒れね
捨てて來し海へは入らじ
あゝ君の胸にのみこそ
けふよりは住むべかりけれ
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 舟路


海にして響く艫の聲
水を撃つ音のよきかな
大空に雲は飄《たゞよ》ひ
潮分けて舟は行くなり

靜なる空に透かして
青波の深きを見れば
水底《みなそこ》やはてもしられず
流れ藻の浮きつ沈みつ

緑なす草のかげより
湧き出づる泉ならねど
おのづから滿ち來る汐は
海原のうちに溢れぬ

さながらに遠き白帆は
群をなす牧場《まきば》の羊
吹き送る風に飼はれて
わだつみの野邊を行くらむ

雲行けば舟も隨ひ
舟行けば雲もまた追ふ
空と水相合ふかなた
諸共にけふの泊《とまり》へ
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 鳥なき里


鳥なき里の蝙蝠や

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