星近く戸を照せども
戸に枕して人知らず
鼠古巣を出づれども
人夢さめず驚かず

情の海の淡路島
通ふ千鳥の聲絶えて
やじりを穿つ盜人の
寢息をはかる影もなし

長き尻尾をうちふりつ
小踊りしつゝ軒づたひ
煤のみ深き梁《うつばり》に
夜をうかがふ古鼠

光にいとひいとはれて
白齒もいとど冷やかに
竈の隅に忍びより
ながしに搜る鰺の骨

闇夜に物を透かし視て
暗きに遊ぶさまながら
なほ聲無きに疑ひて
影を懼れてきゝと鳴き鳴く
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 勞働雜詠


 一 朝

朝はふたゝびこゝにあり
朝はわれらと共にあり
埋れよ眠行けよ夢
隱れよさらば小夜嵐

諸羽《もろは》うちふる鷄は
咽喉《のんど》の笛を吹き鳴らし
けふの命の戰鬪《たゝかひ》の
よそほひせよと叫ぶかな

 野に出でよ野に出でよ
 稻の穗は黄にみのりたり
 草鞋とく結《ゆ》へ鎌も執れ
 風に嘶く馬もやれ

雲に鞭《むち》うつ空の日は
語らず言はず聲なきも
人を勵ます其音は
野山に谷にあふれたり

流るゝ汗と膩《あぶら》との
落つるやいづこかの野邊に
名も無き賤のものゝふを
來りて護れ軍神《いくさがみ》

 野に出でよ野に出でよ
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