き一|聲《こゑ》に
涙をさそふ秋の雁《かり》

長きなげきは泄《も》らすとも
なほあまりあるかなしみを
うつすよしなき汝《なれ》が身か
などかく秋を呼ぶ聲の
荒《あら》き響《ひゞき》をもたらして
人の心を亂すらむ

あゝ秋の日のさみしさは
小鹿《をじか》のしれるかぎりかは
清《すゞ》しき風に驚きて
羽袖もいとゞ冷《ひや》やかに
百千《もゝち》の鳥の群《むれ》を出て
浮べる雲に慣《な》るゝかな

菊より落つる花びらは
汝《な》がついばむにまかせたり
時雨《しぐれ》に染むるもみぢ葉《ば》は
汝《なれ》がかざすにまかせたり
聲を放ちて叫ぶとも
たれかいましをとゞむべき

星はあしたに冷やかに
露はゆふべにいと白し
風に隨ふ桐の葉の
枝に別れて散るごとく
天《みそら》の海にうらぶれて
たちかへり鳴け秋のかりがね
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 野路の梅


風かぐはしく吹く日より
夏の緑のまさるまで
梢のかたに葉がくれて
人にしられぬ梅ひとつ

梢は高し手をのべて
えこそ觸れめやたゞひとり
わがものがほに朝夕《あさゆふ》を
ながめ暮《くら》してすごしてき

やがて鳴く鳥おもしろく
黄金《こがね》の色にそめ
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