たへしは
薄紅《うすくれなゐ》の秋の實《み》に
人こひ初《そ》めしはじめなり
わがこゝろなきためいきの
その髮の毛にかゝるとき
たのしき戀の盃《さかづき》を
君が情《なさけ》に酌みしかな
林檎畑の樹《こ》の下《した》に
おのづからなる細道《ほそみち》は
誰《た》が踏みそめしかたみぞと
問ひたまふこそうれしけれ
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狐のわざ
庭にかくるゝ小狐の
人なきときに夜《よる》いでゝ
秋の葡萄の樹の影に
しのびてぬすむつゆのふさ
戀は狐にあらねども
君は葡萄にあらねども
人しれずこそ忍びいで
君をぬすめる吾心
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髮を洗へば
髮を洗へば紫の
小草《をぐさ》のまへに色みえて
足をあぐれば花鳥《はなとり》の
われに隨ふ風情《ふぜい》あり
目にながむれば彩雲《あやぐも》の
まきてはひらく繪卷物《ゑまきもの》
手にとる酒は美酒《うまざけ》の
若き愁《うれひ》をたゝふめり
耳をたつれば歌神《うたがみ》の
きたりて玉《たま》の簫《ふえ》を吹き
口をひらけばうたびとの
一ふしわれはこひうたふ
あゝかくまでにあやしくも
熱きこゝろのわれなれど
われをし君のこひし
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