火炎《ほのほ》なり
思ひ亂れて嗚呼戀の
千筋《ちすじ》の髮の波に流るゝ
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 おつた


花|仄見《ほのみ》ゆる春の夜の
すがたに似たる吾命《わがいのち》
朧々《おぼろ/\》に父母《ちゝはゝ》は
二つの影と消えうせて
世に孤兒《みなしご》の吾身こそ
影より出でし影なれや
たすけもあらぬ今は身は
若《わか》き聖《ひじり》に救はれて
人なつかしき前髮《まへがみ》の
處女《をとめ》とこそはなりにけれ
若《わか》き聖《ひじり》ののたまはく
時をし待たむ君ならば
かの※[#「柿」の正字、第3水準1−85−57]の實《み》をとるなかれ
かくいひたまふうれしさに
ことしの秋もはや深し
まづその秋を見よやとて
聖《ひじり》に※[#「柿」の正字、第3水準1−85−57]をすゝむれば
その口脣《くちびる》にふれたまひ
かくも色よき※[#「柿」の正字、第3水準1−85−57]ならば
などかは早くわれに告げこぬ

若《わか》き聖《ひじり》ののたまはく
人の命の惜《を》しからば
嗚呼かの酒を飮むなかれ
かくいひたまふうれしさに
酒なぐさめの一つなり
まづその春を見よやとて
聖《ひじり》に酒をすゝむ
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