き
誰か波路を望み見て
そのふるさとを慕はざる
誰か潮の行くを見て
この人の世を惜まざる
暦《こよみ》もあらぬ荒磯の
砂路にひとりさまよへば
みぞれまじりの雨雲の
落ちて汐《うしほ》となりにけり
遠く湧きくる海の音《おと》
慣れてさみしき吾耳に
怪しやもるゝものの音《ね》は
まだうらわかき野路の鳥
嗚呼めづらしのしらべぞと
聲のゆくへをたづぬれば
緑の羽《はね》もまだ弱き
それも初音か鶯の
春きにけらし春よ春
まだ白雪の積れども
若菜の萌えて色青き
こゝちこそすれ砂の上《へ》に
春きにけらし春よ春
うれしや風に送られて
きたるらしとや思へばか
梅が香ぞする海の邊《べ》に
磯邊に高き大巖《おほいは》の
うへにのぼりてながむれば
春やきぬらむ東雲《しののめ》の
潮《しほ》の音《ね》遠き朝ぼらけ
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二つの聲
朝
たれか聞くらむ朝の聲
眠《ねむり》と夢を破りいで
彩《あや》なす雲にうちのりて
よろづの鳥に歌はれつ
天のかなたにあらはれて
東の空に光《ひかり》あり
そこに時《とき》あり始《はじめ》あり
そこに道《みち》あり力《ちから》あり
そこに色あり
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