えはてにけり吾戀は
藝術《たくみ》諸共《もろとも》消えにけり
そは何故のうき世にて
人に誠はありながら
戀路の末はとこしへの
冬を生命《いのち》に刻《きざ》むらむ
黒髮われを覆ふとも
血潮はわれを染むるとも
花|口脣《くちびる》を飾るとも
思は胸を傷《いた》ましむ
繪筆うちふる吾指は
歎きのために震ふかな
涙に濡るゝ吾紙は
象《かたち》空《むな》しく消《き》ゆるかな
かはりはてたる吾命
かはりはてたる吾思
かはりはてたる吾戀路
かはりはてたる吾|藝術《たくみ》
この世はあまり實《み》にすぎて
あたら吾身は夢ばかり
なぐさめもなき幻《まぼろし》の
境に泣きてさまよふわれは
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縫ひかへせ
縫ひかへせ縫ひかへせ
膩《あぶら》に染みし其袂
涙に濡れし其袂
濯《すゝ》げよさらば嘆かずもがな
縫ひかへせ縫ひかへせ
君が衣を縫ひかへせ
愁《うれひ》は水に汗は瀬に
濯《すゝ》げよさらば嘆かずもがな
縫ひかへせ縫ひかへせ
捨てよ昔の夢の垢《あか》
やめよ甲斐なき物思
濯《すゝ》げよさらば嘆かずもがな
縫ひかへせ縫ひかへせ
腐れて何の袖かある
勞《つか》れて何の道かある
濯《すゝ》げよさらば嘆かずもがな
縫ひかへせ縫ひかへせ
薄き羽袖の蝉すらも
歌うて殼を出づる世に
濯《すゝ》げよさらば嘆かずもがな
縫ひかへせ縫ひかへせ
君がなげきは古《ふ》りたりや
とく新しき世に歸れ
濯《すゝ》げよさらば嘆かずもがな
底本:「藤村詩抄」岩波文庫、岩波書店
1927(昭和2)年7月10日第1刷発行
1957(昭和32)年7月5日第35刷改版発行
1991(平成3)年11月12日第75刷発行
※詩題の書きだし位置は、底本では1字下げ、2字下げ、2字半下げが混在していますが、1字下げに統一しました。
入力:土屋隆
校正:浅原庸子
2004年5月10日作成
2005年5月21日修正
青空文庫作成ファイル:
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