はく》すでに折れ碎け
徑《みち》を川邊にもとむれば
野草は深く荒れにけり
菊は心を驚かし
蘭は思を傷ましむ
高きに登り草を藉き
惆悵として眺むれば
檜原《ひばら》に迷ふ雲落ちて
涙流れてかぎりなし

去《い》ね/\かゝる古里《ふるさと》は
ふたゝび言ふに足らじかし
あゝよしさらばけふよりは
日行き風吹き彩雲《あやぐも》の
あやにたなびくかなたをも
白波高く八百潮の
湧き立ちさわぐかなたをも
かしこの岡もこの山も
いづれ心の宿とせば
しげれる谷の野葡萄に
秋のみのりはとるがまゝ
深き林の黄葉《もみぢば》に
秋の光は履《ふ》むがまゝ

響りん/\音りん/\
うちふりうちふる鈴高く
馬は首《かうべ》をめぐらして
雲に嘶きいさむとき
かへりみすれば古里《ふるさと》の
檜原《ひばら》は目にも見えにけるかな
[#改ページ]

 翼なければ


羽翼《つばさ》なければ繋がれて
朽ちはつべしとかねてしる
光なければ埋もれて
老いゆくべしとかねてしる

知る人もなき山蔭に
朽ちゆくことを厭はねば
牛飼ふ野邊の寂しさを
かくれがとこそ頼むなれ

埋《う》もるゝ花もありやとて
獨り戸に倚り眺むれば
ゆふべ空《むな》しく日は暮れて
牧場の草に春雨《はるさめ》のふる
[#改ページ]

 罪人と名にも呼ばれむ


罪人《つみびと》と名にも呼ばれむ
罪人《つみびと》と名にも呼ばれむ
歸らじとかねて思へば
嗚呼涙さらば故郷《ふるさと》

駒とめて路の樹蔭に
あまたたびかへりみすれば
輝きて立てる白壁
さやかにも見えにけるかな

鬣《たてがみ》は風に吹かれて
吾駒の歩みも遲し
愁ひつゝ蹄をあげて
雲遠き都にむかふ

戰ひの世にしあなれば
野の草の露と知れれど
吾父の射る矢に立ちて
消えむとは思ひかけずよ

捨てよとや紙にもあらず
吾心燒くよしもなし
捨てよとや筆にもあらず
吾心折るよしもなし

そのねがひ親や古《ふ》りたる
このおもひ子や新しき
つくづくと父を思へば
吾袖は紅き血となる

靜息《やすみ》なく激《たぎ》つ胸には
柵《しがらみ》もなにかとゞめむ
洪水《おほみづ》の溢るゝごとく
海にまで入らではやまじ

はらからやさらば故郷《ふるさと》
去《い》ねよ去《い》ねよ去《い》ねよ吾駒
諸共《もろとも》に暗く寂しく
故《むかし》の園を捨てて行かまし
[#改ページ]

 胡蝶の夢


胡蝶の夢の人の
前へ 次へ
全50ページ中48ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング