垣根には
露草の花さきにけり
さまよひくれば夕雲や
これぞこひしき門邊なる

瓦の屋根に烏啼き
烏歸りて日は暮れぬ
おとづれもせず去《い》にもせで
螢と共にこゝをあちこち
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 枝うちかはす梅と梅


枝うちかはす梅と梅
梅の葉かげにそのむかし
鷄《とり》は鷄《とり》とし並び食ひ
われは君とし遊びてき

空風吹けば雲離れ
別れいざよふ西東
青葉は枝に契るとも
緑は永くとゞまらじ

水去り歸る手をのべて
誰れか流れをとゞむべき
行くにまかせよ嗚呼さらば
また相見むと願ひしか

遠く別れてかぞふれば
かさねて長き秋の夢
願ひはあれど陶磁《すゑもの》の
くだけて時を傷《いた》みけり

わが髮長く生ひいでて
額の汗を覆ふとも
甲斐なく珠《たま》を抱きては
罪多かりし草枕

雲に浮びて立ちかへり
都の夏にきて見れば
むかしながらのみどり葉は
蔭いや深くなれるかな

わかれを思ひ逢瀬をば
君とし今やかたらふに
二人すわりし青草は
熱き涙にぬれにけり
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 めぐり逢ふ君やいくたび


めぐり逢ふ君やいくたび
あぢきなき夜を日にかへす
吾命|暗《やみ》の谷間も
君あれば戀のあけぼの

樹の枝に琴は懸けねど
朝風の來て彈《ひ》くごとく
面影に君はうつりて
吾胸を靜かに渡る

雲迷ふ身のわづらひも
紅の色に微笑《ほゝゑ》み
流れつゝ冷《ひ》ゆる涙も
いと熱き思を宿す

知らざりし道の開けて
大空は今光なり
もろともにしばしたゝずみ
新しき眺めに入らむ
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 あゝさなり君のごとくに


あゝさなり君のごとくに
何かまた優しかるべき
歸り來てこがれ侘ぶなり
ねがはくは開けこの戸を

ひとたびは君を見棄てて
世に迷ふ羊なりきよ
あぢきなき石を枕に
思ひ知る君が牧場《まきば》を

樂しきはうらぶれ暮し
泉なき砂に伏す時
青草の追懷《おもひで》ばかり
悲しき日樂しきはなし

悲しきはふたゝび歸り
緑なす野邊を見る時
飄泊《さまよひ》の追懷《おもひで》ばかり
樂しき日悲しきはなし

その笛を今は頼まむ
その胸にわれは息《いこ》はむ
君ならで誰か飼ふべき
天地《あめつち》に迷ふ羊を
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 思より思をたどり


思より思をたどり
樹下《こした》より樹下《こした》をつたひ
獨りして遲く歩めば
月|今夜《こよひ》幽かに照らす

おぼつかな春のかすみに
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