なせば
行きかふ人の目に觸れて
落ちて履《ふ》まるゝ野路《のぢ》の梅
[#改ページ]
門田にいでて
[#ここから4字下げ]
遠征する人を思ひて娘の
うたへる
[#ここで字下げ終わり]
門田《かどた》にいでて
草とりの
身のいとまなき
晝《ひる》なかば
忘るゝとには
あらねども
まぎるゝすべぞ
多かりき
夕ぐれ梭《をさ》を
手にとりて
こゝろ靜かに
織《お》るときは
人の得しらぬ
思ひこそ
胸より湧《わ》きて
流れけれ
あすはいくさの
門出《かどで》なり
遠きいくさの
門出なり
せめて別れの
涙をば
名殘にせむと
願ふかな
君を思へば
わづらひも
照る日にとくる
朝の露
君を思へば
かなしみも
緑《みどり》にそゝぐ
夏の雨
君を思へば
闇《やみ》の夜も
光をまとふ
星の空
君を思へば
淺茅生《あさぢふ》の
荒《あ》れにし野邊も
花のやど
胸の思ひは
つもれども
吹雪《ふぶき》はげしき
こひなれば
君が光に
照《て》らされて
消えばやとこそ
恨《うら》むなれ
[#改ページ]
寶はあはれ碎けけり
[#ここから4字下げ]
老いたる鍛冶のうたへる
[#ここで字下げ終わり]
寶《たから》はあはれ
碎《くだ》けけり
さなり愛兒《まなご》は
うせにけり
なにをかたみと
ながめつゝ
こひしき時を
忍ぶべき
ありし昔の
香ににほふ
薄《うす》はなぞめの
帶よけむ
麗《うる》はしかりし
黒髮の
かざしの紅《あか》き
珠《たま》よけむ
帶はあれども
老《おい》が身に
ひきまとふべき
すべもなし
珠《たま》はあれども
白髮《しらかみ》に
うちかざすべき
すべもなし
ひとりやさしき
面影《おもかげ》は
眼《まなこ》の底に
とゞまりて
あしたにもまた
ゆふべにも
われにともなふ
おもひあり
あゝたへがたき
くるしみに
おとろへはてつ
爐前《ほどまへ》に
仆《たふ》れかなしむ
をりをりは
面影さへぞ
力なき
われ中槌《なかつち》を
うちふるひ
ほのほの前に
はげめばや
胸にうつりし
前へ
次へ
全50ページ中33ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング