ながかほばせを
    あげよかし

ながくれなゐの
    かほばせに
ながるゝなみだ
    われはぬぐはむ
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 ゆふぐれしづかに


ゆふぐれしづかに
     ゆめみむとて
よのわづらひより
     しばしのがる

きみよりほかには
     しるものなき
花かげにゆきて
     こひを泣きぬ

すぎこしゆめぢを
     おもひみるに
こひこそつみなれ
     つみこそこひ

いのりもつとめも
     このつみゆゑ
たのしきそのへと
     われはゆかじ

なつかしき君と
     てをたづさへ
くらき冥府《よみ》まで
     かけりゆかむ
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 月夜


しづかにてらせる
     月のひかりの
などか絶間なく
     ものおもはする
さやけきそのかげ
     こゑはなくとも
みるひとの胸に
     忍び入るなり
なさけは説《と》くとも
     なさけをしらぬ
うきよのほかにも
     朽ちゆくわがみ
あかさぬおもひと
     この月かげと
いづれか聲なき
     いづれかなしき
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 強敵


一つの花に蝶と蜘蛛
小蜘蛛は花を守《まも》り顏
小蝶は花に醉ひ顏に
舞へども舞へどもすべぞなき

花は小蜘蛛のためならば
小蝶の舞《まひ》をいかにせむ
花は小蝶のためならば
小蜘蛛の糸をいかにせむ

やがて一つの花散りて
小蜘蛛はそこに眠れども
羽翼《つばさ》も輕き小蝶こそ
いづこともなくうせにけれ
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 別離

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人妻をしたへる男の山に登り其
女の家を望み見てうたへるうた
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誰《たれ》かとどめむ旅人《たびびと》の
あすは雲間《くもま》に隱るゝを
誰か聞くらむ旅人の
あすは別れと告げましを

清《きよ》き戀とや片《かた》し貝《がひ》
われのみものを思ふより
戀はあふれて濁《にご》るとも
君に涙をかけましを

人妻《ひとづま》戀ふる悲しさを
君がなさけに知りもせば
せめてはわれを罪人《つみびと》と
呼びたまふこそうれしけれ

あやめもしらぬ憂《う》しや身は
くるしきこひの牢獄《ひとや》より
罪の鞭責《しもと》をのがれいで
こひて死なむと思ふなり

誰《たれ》かは花をたづねざる
誰かは色彩《いろ》に迷はざる
誰かは前にさける見て

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