vひを果すことが出來たと語つたとか。さう言へば、自分とてもやはりその一人だ。
二條城のあとを見た眼で、この彦根の城址を見ると、往時三十五萬石の雄藩として京都に對してゐた井伊氏の歴史上の位置を想ひやることが出來る。ともあれ、あの杜子美の詩にある『國破山河在、城春草木深』とは文字通りこゝに當てはまるやうなところだ。尾張、美濃のやうに今は工業の發達した地方に比べると、こゝは依然たる農業國であるが、これはこれでいゝ。こゝで味ふ彦根の米もうまい。のみならず、青年時代の旅の記憶につながれてゐるためかして、わたしは近江の自然に特別の親しみを覺える。この湖畔に旅の日を送つて、蛙の聲を聽くやうな機會がもう一度自分にあるかなぞと、そんなことがしきりに思はれた。
[#ここで字下げ終わり]
十五日。
[#ここから1字下げ]
歸京。
[#ここで字下げ終わり]
十六日。
[#ここから1字下げ]
幸ひと旅の間は一日も降られなかつた。けふは雨になつた。
[#ここで字下げ終わり]
力餅
力餅といふものは大福に製して賣るところもあるが、多くは餡ころに造つて、旅する人の助けとする。先頃信州南佐久の臼田まで行
前へ
次へ
全195ページ中95ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング