ト見せたとか。どうしてこんなことをこゝにくど/\しく書きつけて見るかと言ふに、その英吉利《イギリス》の婦人が言つたといふ大きな言葉と小さな言葉の關係こそは、わたしたちの忘れてならないことで、一度その言葉の祕訣を會得したら、自由に思ふことも言ひあらはせるからである。これは會話の上のことにのみ限らない。物書く祕訣も、實はそんなところに潜んでゐるのではあるまいか。

 そこで、わたしは婦人の書く手紙のことに返つて、こんなことを考へてみる。成程、教養と物書くこととは別の物であるかも知れない。手紙を書くといふことも一つの才能であるかも知れない。舊い技巧や形式を捨てることが反つて人をこだはらせる場合もあるかも知れない。しかし、大きな言葉を知ると共に小さな言葉を知つて、その祕訣をつかんだなら、すくなくも生きた手紙を書き得るであらうと。

 現代の人の口に上る合言葉、新聞雜誌の中に見つける新語、書物の中に出て來る學問上の術語、それらの多くは大きな言葉である。わたしたちが現に口にしてゐながら、それに氣がつかずにゐるやうな、それらの親しみもあれば、陰影もある日常の使用語の多くは小さな言葉である。筆執り物書
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