烽フにまで、古人の笑が殘つてゐるばかりでなく、おそらく外國には類の少なからうと思はれる笑をあらはした神像までわたしたちの國にはある。あの大國主、事代主の二神が國讓りの難局に處せられた遠い昔を想ひ見ると、今日の所謂非常時で、なか/\笑へる場合でもないのだ。それでも退いて民に稼穡《かしよく》の道を教へ、父は農業の祖神となり、子は商業と漁業との祖神となつたと言はれる神達が、どんな笑をこの世に持ち來したかは、夷《えびす》大黒として邊鄙な片田舍の神棚にも祀つてある一對の彫刻にもそれがあらはれてゐる。あの神達の笑はあまりに古くて、よく分らないが、後世の慾の深い人間が譯もなしに祭り上げるやうなものではなくて、思ひの外な深い笑であつたかも知れない。
そんな遠い昔のことはしばらく措くとして、もつと近いところはどうだらう。どうして、わたしたちの先祖が笑を解さないどころか、猿樂から狂言となり、狂言から芝居となり、近代へと降つて來れば來るほど、古人の戲れた姿は殆んどわたしたちの應接にいとまがないくらゐだ。
一例を言へば『暫』だ。舞臺の上の關白は對抗する力のために、見事にその荒膽《あらぎも》を取りひしがれ
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