われらの祖先が姿であつたらう。しかし過去の日本人が日本海であると言つて見たいのは、たゞその海岸の特色のみには限らない。翠色の滴るやうな日本の島影を後方にする位置にまで出て行くなら、そこには濃い藍色の黒潮も流れて來てゐる。朝鮮、支那、印度はもとより、どうかするとペルシャから印度を通して來た希臘《ギリシヤ》的なものまでがこの島國に着いた時代もあつたらうかと想像されるのもその海だ。遠い古代の遣唐使船が航路とてもいづれはその海の上であり、雪舟のやうな畫僧が中世の終に生れて南方支那の宗教と藝術とを探り求めるために風波の困難を凌ぎ進んだのもまたその海の上であつたらう。おそらく揚子江の河口から押し來る滔々たる濁流を見た眼で、大陸を離るれば離れるほど青さを増す日本海の色を見たほどのものは、過去の日本人の特色がおよそどの邊にあつたかといふことを看て取ることも出來ようと思はれる。わたしは太平洋を日本海に置きかへて見るところに萬葉集をも感じるし、また近代の曙光を望み見るやうな雪舟の藝術をも感じる。
兎もあれ、われらの眼に映る大洋は、最早|涯《はて》も無く續いてゐる大海原ではなくて、彼岸へ渡ることの出來る
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