。前に新井白石のやうな人があり、同時代には本居宣長のやうな人のある徳川天明期に、あゝいふ特色のある物語の作られたのも偶然ではないことをも知つて來た。
 これを舊い歌舞伎の世界に思ひくらべても、謠曲から來たものが多く傳説を取り扱ひ、淨瑠璃から來たものの一面が歴史を取り扱つてあるといふ風に考へて見ることは、やがて歌舞伎の中幕物と一番目物との本質を知る上に解を得ることが多い。そして中幕物と一番目物とは種々の技法を異にするばかりでなく、それを助くる音曲までを異にし、前者が舞臺の上で用ゐらるゝのは常磐津《ときはづ》、清元、長唄の曲であるのに引きかへ、後者では義太夫の曲であるやうな、さういふ相違のあることもはつきりして來る。傳説を傳説として好く取り扱つたものは、歌舞伎の世界にして見ても動かせないやうな氣がする。『羽衣』、『茨木』の類は、今見てもそれ/″\おもしろいばかりでなく、おそらく後世の人の眼をもよろこばすであらう。『鳴神』、『鏡獅子』、それから『道成寺』なぞもさうだ。『勸進帳』を直ちに傳説とは言へないまでも、すくなくもそこにあらはれて來るのは多分に傳説化された人物である。『暫』となるとやゝ趣
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