「話でござんす。』
 これは、名高い昔の禪僧が殘した言葉で、おふくが文を持つ立姿の圖に、その畫賛として書かれたものであるといふ。假令《たとへ》鼻が低いと言はれようが、瞼が高いと調戲《からか》はれようが、女の身ながらに眼を見開くなら、この世に隱れてゐる寶と生命と幸福とが得られるといふこゝろもちを、いかにも輕く取り扱つてあるらしい。
 このおふくのことで想ひ起すのは、彼女の姉妹とも言ひたいおかめの俤《おもかげ》である。共に婦人の笑顏をあらはして、遠い昔からいろ/\な繪や、彫刻や、演劇舞踊の中にまで見えつ隱れつしてゐるのが、わたしの心をひく。中世以來、續きに續いた婦人の世界の暗さを思へば、『笑』を失つたものが多からうと思はれる中で、あれは光つた笑顏に相違ない。ところが、こゝに縁起をかつぐやうなことばかりを知つて、あのおかめの面の奧を覗いて見たこともないやうな人達がある。さういふ人達が寄つてたかつて、太神樂《だいかぐら》の道化役にも使ひ、酉《とり》の市《いち》の熊手のかざりにまで引張り出す。折角をかしみのある女の風情も、長い間に磨り減らされ、踏みにじられてしまつた。おかめの『笑』と言へば、今は
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