髢竭閧ニなつたであらう。彼は實驗的な方法を文學に取り入れようとした作家であるから、かなり簡潔で、且つ明快な日本文を書いたであらう。彼は人間の獸性を突きつめて行く作家であるから、現代の社會を背景に取り入れた日本的ナナの物語が多くの讀者を戰慄せしめたであらう。然し彼は大衆に悦ばれるやうなものを書いても淺くなく、現實を曝露しても冷くなく、實驗的であつても濕ひがあり、好色の男女を描いても生氣と健康とを失はない。彼が現代日本の社會にそゝぎ入れるものは、何より先づこの生氣と健康とであらねばならぬ。彼の死後本國の方に擡頭した多くの文學者はいづれも彼の缺點を感知して起つて來た。彼とても全く人間を書き得たとは言へなかつたかも知れない。しかし、私は上に述べたやうな意味で、ゾラの叢書の飜譯を歡迎する。あのドレフュウス事件では人道のために惡戰苦鬪した彼が先輩ルウソオと枕を並べて巴里のパンテオンに葬らるゝ人となつたことさへ不思議であるのに、今またその遺著が現代の日本に要求され、諸家の筆に譯さるゝ日を迎へたことは、おそらく生前の彼が夢想だもしなかつたことであらうと思ふ。

     岡倉覺三

 再吟味といへば、
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