竄ヌり哉
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こんな風に芭蕉はまことの詩人らしい眼を開いて行つた。新しく興つた元祿の俳諧と、すでに先蹤のあつた天明の俳諧との相違も、そこにあると思ふ。わたしは芭蕉の青年期を振り返つて見て、この人にもこんな彷徨の時代があつたかと考へる。それほど周圍は暗かつたのだ。談林風の輕い滑稽はあつても、生氣の充實した好いユウモアに達し得たものはなかつたのだ。さういふ中で、芭蕉がいろ/\なものを振ひ捨てゝ、『猿蓑』の深さにまで詩の境地を進めて行つたあの不斷の努力と精進とを想ひ見ると、あれほど動搖の多かつたその青年時代もまたなつかしい。おそらく年若い頃の芭蕉が才氣にまかせて歩いた路はわたしたちの想像以上ではなかつたらうか。何程の精神の革新がそこに持ち來されたことだらう。さう想つて見ると、あの『一つぬいでうしろに負ひぬ』の更衣の吟も、たゞの旅路の口ずさみとは思はれない。
本居宣長
明治維新に對する本居宣長の位置は、あたかも佛蘭西革命に對するルウソオの位置に似てゐる。彼に『ヌウ※[#濁点付き片仮名ヱ、1−7−84]ル・エロイズ』があれば、是に物のあはれの説があり、戀愛
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