謔ュない、假令《たとへ》少しづゝでもその折にふれて何度にも贈れといふことが、翁の書いたものに見える。物は小出しにせよと教へてあるのだ。小事をおろそかにしない人でなければ、かういふことは言へない。また、かういふところへ氣もつくまい。

 うす暗い行燈や蝋燭をつけて夜を送つた昔には、それによく映る衣裳の色があつた。その行燈や蝋燭に替はる明るいランプの時代が來ると、曾てうす暗いところで美しく見えたものが、最早見られない。そこで衣裳の色が變り、風俗の好みも移る。今度はランプよりもつと明るい電燈の時代を迎へると、また/\流行の衣裳の色が變つて來た。近頃の婦人が夜の席に着る薄色の晴着なぞは、電燈時代を語つてゐないものはない。
 わたしの側へ來て、この話をして見せた人がある。世の中の流行が變る前に、すでに燈火が變つてゐるのだ。わたしたちが日頃經驗することは、これに似たものが多い。早くその照光に氣のついた者は、あるひは流行の外に立つといふことも出來よう。いつまでもランプ時代と同じつもりでゐる者は、流行の輕薄を嘲るか、さもなければその後を追ひかけるのほかはあるまい。

     老子

 トルストイがそ
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