れて反つて光を増す槲《かしは》の葉などの輝くさまは眼もさめるばかり。明るい障子に近くゐて心靜かに讀んで見る書物から受けるさま/″\な感銘の中には、讀者諸君に分けたいと思ふやうなこともすくなくない。その一つをこゝに取り出して見る。
かねてわたしは茅野蕭々氏の著したゲエテ研究を讀みたいと思ひながら、その折もなくてゐたが、先頃町の本屋で黄色い表紙の裝幀も好ましい學生版を買ひ求め、同時に栗原佑氏の譯にかゝるブランデスがゲエテ研究をも求めて來て、この二つを讀み比べて見ることからゲエテのやうな人の生涯をもつとよく考へたいと思ひ、先ず茅野氏の著書から讀みはじめた。同氏の筆はゲエテがその※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]イマア生活の初期の頃に好い影響を受けた幾多の先輩ばかりでなく、彼を啓發した幾多の婦人の方へも讀む者の心を連れて行く。そして同時代に、性格のある種々なすぐれた婦人を知ることの出來た人の幸福に就いて語つてある。その中に、ジャネッテ・ルイゼ・フォン・※[#濁点付き片仮名ヱ、1−7−84]ルテレン夫人のやうな人に關する記事もある。この美しい、垢拔けのした、精神の籠つた、『極めて愛すべき』婦人から、ゲエテは世間智を學んだと言はれてゐるとある。『あらゆる藝術に天才があるならば、生活の藝術に於ける天才ともいふべきは彼女である』と言はれてゐるともある。
たゞこれだけのことなら、この※[#濁点付き片仮名ヱ、1−7−84]ルテレン夫人がゲエテ作品中にも重きを成す『※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ルヘルム・マイステル』の中の伯爵夫人のモデルであるといふことを承知するぐらゐにとゞめて、わたしも讀み過したであらう。その後の方でわたしは彼女に關する次のやうな記事にぶつかつた。それは千七百八十二年の三月頃にゲエテが親しいフォン・シュタイン夫人宛に書き送つたものの中に、この※[#濁点付き片仮名ヱ、1−7−84]ルテレン夫人に就いて言つた言葉として、
『この小さい人間は私を啓發した。』
と言ひ、彼女は『世間を取扱ふ』ことを心得てゐると言ひ、瞬間のうちに數千粒に分れしかもまた集まつて一丸となる水銀のやうだとも言つてゐる。
この水銀の譬はいかにも美しく形容してあると思ふ。そしてあらゆる同時代の先輩からばかりでなく、また婦人の友達からも學ばうとしたことにかけては、あたかも花の蕊《しべ》から蕊へと深く分け入つて蜜を探した蜂のやうな、あのゲエテの心が求めたものは、實にこの『水銀』であつたらうかと想像される。言つて見れば、それはさかんな綜合力だ。ひとり※[#濁点付き片仮名ヱ、1−7−84]ルテレン夫人が心得てゐたやうな生活の藝術にかぎらず、あらゆる創造的な人間から生れて來るものは、その『水銀』の力をヌキにしては考へられない――小は個人の營みから、大は同胞全體の上に働きかけることに至るまで。
紫の一もと
舊南部領に紫根染の殘つてゐることを傳へ聞き、それを心あてに染色の古法をたづねるため、今一つには紫の一もとなりとも採集したいとの願ひから、遠く南部の地を踏み、花輪の山奧なる湯瀬といふところまで旅して歸つて來た人は、赤坂田町に住む草木屋の主人である。
同君の土産話によれば、わが國固有の染料たりし紫草の根も、外國より輸入する化學染料の流行に壓せられて、今は顧るものもなき状態にあるといふ。その栽培も、今日では全くそれを行ふものを聞かないとのことである。僅かに本邦各地に殘存する野生のものを採集し得るにとゞまるとのことでもある。紫の一もとたりともそれを育てるものがなければ、荒蕪に歸る。わたしたちと自然との微妙な關係は常にかうしたものかと思ふ。
多くの場合に、わたしたちは自然から與へらるゝことばかりを知つて、自然に與へることを知らない。母なる大きな自然を養はうとすることが、やがてわたしたちの生活をまことに豐富にする所以ではあるまいか。
人工の翼
けふも町の空に發動機の爆音を聽いた。
二三の航空機が乾いた寒空を衝いて飯倉の町の上を横ぎつて行つた。いつぞや遠く獨逸の方から訪れて來た一臺のツェッペリンが、この町の空にあらはれた時は、銀色の機體に黒く記された文字があざやかに讀まれたほどで、やがて光の海を渡る船のやうに遠ざかつて行つたが、あの鋭く美しいものの姿はまだわたしたちの記憶に新しい。今はグライダアのやうなものまで出來て、あの滑翔機の曳航飛行が各地に行はれるだらうといふ噂なぞも、さうめづらしいことではなくなつた。過去數世紀の間、その往來に數週間もしくは數ヶ月を費した太平洋上の交通ですら、僅かに數日間で相接觸することの出來る定期航空路の開設を見るのも最早そんなに遠いことではなからうと言はれ、やがては旅客、商品、および郵便物があたかも田舍から
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