スゞ淺い滑稽の表象でしかない。人はいかなるものをも弄ぶやうになるものだ。すくなくもこの世に幸福を持ち來しさうなあの福々しい女のほゝゑみも、あれはその實、笑つてゐるのか泣いてゐるのか分らないやうな氣がする。

     TERRE
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これは詩人川路柳虹君の紹介により、佛國巴里の佛日協會にて發行する『フランス・ジャポン』誌に寄書したもの。もとより原稿は國の言葉で書き送つたものであるが、佛文にて譯載されたのもめづらしく思ふまゝ。
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 Le 〔ve'ritable〕 cultivateur, dit−on, ne s'amuse pas avec la terre. Ceux qui ne sont pas agriculteurs peuvent s'imaginer qu'ils travaillent la terre, mais, en 〔re'alite'〕, touchant inutilement le sol, ce ne sont pas des cultivateurs. Le vrai paysan 〔e'vite〕 de toucher la terre, car on 〔s'abi^me〕 la main, on ne peut supporter des travaux de longue haleine. Ceux qui ne sont pas cultivateurs se 〔pre'cipitent〕 pour toucher la terre de leurs mains 〔de`s〕 qu'ils la voient. Les vrais cultivateurs soignent leurs mains et se servent de la 〔be^che〕 et de la houe. Eux seuls connaissent la vraie terreur de la terre.
 Il en est de la 〔socie'te'〕 humaine comme du sol. En Orient comme en Occident, le monde entier est dans une grande 〔e'poque〕 de transition. Autour de moi, je vois de nombreuses personnes qui sont 〔pre^tes〕 〔a`〕 toucher la terre 〔de`s〕 qu'elles la voient. Comme ces cultivateurs qui travaillent 〔malgre'〕 le vent et la pluie, nous ne devons pas oublier d'utiliser la houe et la 〔be^che〕. Je crois que les Hindours et les 〔Helle`nes〕 anciens savaient comment se servir de ces instrurments, et qu'ils avaient le 〔coe&ur〕 〔a`〕 la 〔ta^che〕.

     覺書

 芝三縁亭の會は近頃こゝろもちのいゝ集りであつたと言つてよこして呉れる人があり、徳田秋聲君はじめ諸氏よりの招きを受けたことはありがたかつた。果して自分は作の目的を達したのか、それとも失敗したのか、それすら分らないやうな仕事に、過ぎた祝意を寄せられて恐縮する外はなかつたが、兎にも角にも身は無事で『夜明け前』二部を書き終ることの出來たのはうれしい。わたしの周圍にはこの仕事の濟むのを待ち受けて横濱の方に新しい家庭をつくらうとしてゐたものがあり、二卷の書を活字に組ませ、校正し、印刷に附し、製本させて世に送り出すまでの心づかひも容易でなかつた上に、にはかに訪ねて來る客は多く、頼まれる用事も多く、この二月ばかりたゞ/\あわたゞしい日を送つた。こゝには過ぐる七八年の思ひ出などすこし書きつけて見る。
 著作するものの勞苦は説くもせんなきことであるが、田山花袋君はあの通り精力も衆にすぐれた人でありながら、それでも折々は私にむかつて勞作の苦を訴へられたことがある。年老いてから筆が持てなかつたといふ古人の話をよく持ちだしたのも同君で、その古人は手に筆をしばりつけながらでも書いたと私にいつて見せ、筆執り物書くからにはそこまで行きたいといふ話なぞの出たこともあつたと思ふ。私は又、トルストイほどのたくましい精力の人でも、『アンナ・カレニナ』を書き終つた時には非常に疲れて、細君がロシア風な酢乳を造つてその夫に飮ませたといふ話を思ひだ
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