が、その人なつこい性質は年を取つても變りがなく、時にはこれは昔の岡崎と思へと言つて記念の置時計を持つて來て呉れたり、時には互にいそがしいからだでも一つどうかいふ日を見つけて湯河原あたりへ骨休めに同行したいものだと言ひ出したりして、ことしの蜜柑の黄色くなる頃こそはと、その約束までしてあつたのに、この舊い馴染も最早この世にはゐない人だ。不思議な縁故からつながれるやうになつた浦島堅吉老人、幼い加藤二郎さん、川越の老母、この人達もまた亡き數に入つてしまつた。殊に、川越の老母は東京生れの人であつたところから、自分の長い仕事が一ト切りになる頃を見計らつては、一年に四度づゝは必ず東京の町中の空氣を吸ひに、上京することを樂しみにし、『はい、今日は』とでも言ふべきところを、『はい、只今』などと言ふほどにしてわれらが家の格子戸をくゞり、昨年、一昨年、一昨々年の冬もわれらと一緒に年を越して、短くても二十日、どうかすると三十日も四十日も長く家に逗留したものであつた。この老母まことに話はおもしろく、茶と音曲と料理の道にも明るく、かず/\の美しい性質を具へてゐたことは稀に見るほどの老婦人で、自分が長い仕事を終るまでは是非達者でゐると言ひ/\して、ことしの六月の上京をも心待ちにしてゐたといふことであつたのに實に惜しいことをした。

 屋《いへ》は舊く、身もまた舊い。これは岡野知十君が遺稿の中に見つけた言葉であるが、このまゝ今日の自分の上にもあてはまる。二疊の玄關は茶の間への廊下續きに當るところで、路地からの風も吹き入り夏は涼しい。ことしの暑中にも午後からはそこを讀書の場處にして、日除《ひよけ》がはりに路地の片隅へ造りつけた朝顏棚の方へ行くことを慰みの一つにして來たが、いつの間にか枯れ/″\な蔓のみが疎らな竹の垣に殘るやうになつた。夏は深い日除になり、秋は黄葉の落ちるまでを味はせ、冬はまた物干場のかはりになるのも吾家の庭の片隅にある青桐だ。しかし、どうやら七年の重荷をおろすことの出來た自分にはこの舊い屋根の下もなつかしい。今は身も心も僅かに輕くなつたやうな氣がする。

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過去を探ることの容易でない一例として、この覺書の中にも書いてある木曾路の『水役』につき、自分の知り得たことをすこし記しつけて見る。木曾奈良井に住む徳利屋主人より遠藤工學士宛の手紙によれば、奈良井邊でいふ水役と
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