えて、説法を聞かせたとも気付かなかった。十銭呉れてやった上に、助言もしてやった。まあ、二つ恵んでやった。と考えて、自分のしたことを二倍にして喜んだ。五月――寂しい旅情は僅かに斯ういうことで慰められたのである。
しばらくして、水汲みから帰って来た下女に聞くと、その男は自分の家を出ると直に一膳めしの看板をかけた飲食店へ入ったという。其時自分は男の言葉を思出して、「まだ朝飯も食べません。」と、繰返して笑った。定めし男の方でも自分の言葉を思出して「説法は有難いが、朝飯の方が尚有難い。」とかなんとか独語《ひとりごと》を言い乍ら、其日の糧《かて》にありついたことであろう。
[#地より2字上がり](一九〇六年一月「芸苑」)
底本:「日本プロレタリア文学大系(序)」三一書房
1955(昭和30)年3月31日初版発行
1961(昭和36)年6月20日第2刷
入力:Nana ohbe
校正:林 幸雄
2001年12月17日公開
2001年12月31日修正
青空文庫ファイル:
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