どを草臥《くたび》れるほど歩き廻った足だ。貧しい母を養おうとして、僅《わず》かな銭取のために毎日二里ほどずつも東京の市街《まち》の中を歩いて通ったこともある足だ。兄や叔父の入った未決檻《みけつかん》の方へもよく引擦《ひきず》って行った足だ。歩いて歩いて、終《しまい》にはどうにもこうにも前へ出なく成って了った足だ。日の映《あた》った寝床の上に器械のように投出して、生きる望みもなく震えていた足だ……
 その足で、比佐は漸くこの仙台へ辿《たど》り着いた。宿屋の娘にそれを言われるまでは実は彼自身にも気が着かなかった。
 ここへ来て比佐は初めて月給らしい月給にもありついた。東京から持って来た柳行李《やなぎごうり》には碌《ろく》な着物一枚入っていない。その中には洗い晒《さら》した飛白《かすり》の単衣《ひとえ》だの、中古で買求めて来た袴《はかま》などがある。それでも母が旅の仕度だと言って、根気に洗濯したり、縫い返したりしてくれたものだ。比佐の教えに行く学校には沢山|亜米利加《アメリカ》人の教師も居て、皆な揃《そろ》った服装《なり》をして出掛けて来る。なにがし大学を卒業して来たばかりのような若い亜米利
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