闢_《とも》っていた。その油の尽きかけて来た燈火《ともしび》は夜の深いことを告げた。岸本は自分の寝床を壁に近く敷いて、その上に独りで坐って見た。一晩寝て起きて見たら、またどうかいう日が来るか、と不図《ふと》思い直した。考え疲れて床の上に腕組みしていた岸本は倒れるように深い眠の底へ落ちて行った。

        二十五

「父さん」
 繁は岸本の枕頭《まくらもと》へ来て、子供らしい声で父を呼起そうとした。岸本は何時間眠ったかをもよく知らなかった。子供が婆やと一緒に二階へ上って来た頃は、眼は覚《さ》めていたが、いくら寝ても寝ても寝足りないように疲れていた。彼は子供の呼声を聞いて、寝床を離れる気になった。
「繁ちゃん、父さんは独りじゃ起きられない。お前も一つ手伝っておくれ。父さんの頭を持上げて見ておくれ」
 と岸本に言われて、繁は喜びながら両手を父の頭の下に差入れた。
「坊ちゃん、父さんを起してお進《あ》げなさい――ほんとに坊ちゃんは力があるから」
 と婆やにまで言われて、繁は倒れた木の幹でも起すように父の体躯《からだ》を背後《うしろ》の方から支《ささ》えた。
「どっこいしょ」
 と繁が力
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