レしてから僕の宗教的情調は稍《やや》深くなって来た。僕の仏教は勿論僕の身体を薫染《くんせん》した仏教的気分に過ぎないのである。僕は涅槃《ねはん》に到達するよりも涅槃に迷いたい方である。幻の清浄を体得するよりも、寧《むし》ろ如幻《にょげん》の境に暫《しばら》く倦怠と懶惰の「我《が》」を寄せたいのである。睡《ねむ》っている中に不可思議な夢を感ずるように、倦怠と懶惰の生を神秘と歓喜の生に変えたいのである。無常の宗教から蠱惑《こわく》の芸術に行きたいのである……斯様《かよう》に懶惰な僕も郊外の冬が多少珍らしかったので、日記をつけて見た。去年の十一月四日初めて霜が降った。それから十一日には二度目の霜が降った。四度目の霜である十二月|朔日《ついたち》は雪のようであった。そしてその七日八日九日は三朝続いたひどい霜で、八《や》ツ手《で》や、つわぶきの葉が萎《な》えた。その八日の朝初氷が張った。二十二日以後は完全な冬季の状態に移って、丹沢山塊から秩父《ちちぶ》連山にかけて雪の色を見る日が多くなった。風がまたひどく吹いた。然し概して言えば初冬の野の景色はしみじみと面白いものである。霜の色の蒼白《あおじろ》
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