@こういう子供の問は節子を弱らせるばかりでなく、夏まで一緒に居た輝子をもよく弱らせたものだ。
「何方《どっち》も」と節子は姉が答えたと同じように子供に答えた。
「学校の先生と兵隊さんと何方が強い?」
「何方も」
 と復《ま》た節子は答えて、そろそろ智識の明けかかって来たような子供の瞳《ひとみ》に見入っていた。
 岸本は思出したように、
「こうして経《た》って見れば造作《ぞうさ》もないようなものだがね、三年の子守《こもり》はなかなかえらかった。これまでにするのが容易じゃなかった。叔母《おば》さんの亡《な》くなった時は、なにしろ一番|年長《うえ》の泉ちゃんが六歳《むっつ》にしか成らないんだからね。熱い夏の頃ではあり、汗疹《あせも》のようなものが一人に出来ると、そいつが他の子供にまで伝染《うつ》っちゃって――節ちゃんはあの時分のことをよく知らないだろうが、六歳を頭《かしら》に四人の子供に泣出された時は、一寸《ちょっと》手の着けようが無かったね。どうかすると、子供に熱が出る。夜中にお医者さまの家を叩《たた》き起しに行ったこともある。あの時分は、叔父さんもろくろく寝なかった……」
「そうでしたろ
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