ソゃんの暴《あば》れ方と来た日にゃ、戸は蹴《け》る、障子は破る、一度愚図り出したら容易に納まらないんだから……全く、一頃はえらかった。輝でも、節ちゃんでも困ったろうと思うよ」
「繁ちゃんでは随分泣かせられました」と言いながら、節子は極く静かに身を起して、そっと子供の側を離れた。「なにしろ、捉《つかま》えたら放さないんですもの――袖《そで》でも何でも切れちゃうんですもの」
「そうだったろうね。あの時分から見ると、繁ちゃんもいくらか物が分るように成って来たかナ」こう言う岸本の胸には、節子の姉がまだ新婚の旅に上らないで妹と一緒に子供等の世話をしていてくれたその年の夏のことが浮んで来た。二階に居て聞くと、階下《した》で繁の泣声が聞える――輝子も、節子も、一人の小さなものを持余《もてあま》しているように聞える――その度《たび》に岸本は口唇《くちびる》を噛《か》んで、二階から楼梯《はしごだん》を駆下りて来て見ると、「どうして、あんたはそう聞分けがないの」と言って、輝子は子供と一緒に泣いてしまっている――節子は節子で、泣叫ぶ子供から隠れて、障子の影で自分も泣いている――何卒《どうか》して子供を自然に
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