ゥ分の子供の名を聞くのをめずらしく思った。
「よくこの辺へ遊びに来ますよ」
「へえ、こんな方まで遊びに来ますかねえ」
と岸本は漸《ようや》くその年から小学校へ通うように成った自分の子供のことを言って見た。
無心な少年に別れて、復た岸本は細い疎《まば》らな柳の枯枝の下った石垣に添いながら歩いて行った。柳橋を渡って直《すぐ》に左の方へ折れ曲ると、河岸の角に砂揚場《すなあげば》がある。二三の人がその砂揚場の近くに、何か意味ありげに立って眺めている。わざわざ足を留めて、砂揚場の空地《あきち》を眺めて、手持|無沙汰《ぶさた》らしく帰って行く人もある。
「何があったんだろう」
と岸本は独《ひと》りでつぶやいた。両国の鉄橋の下の方へ渦巻き流れて行く隅田川の水は引き入れられるように彼の眼に映った。
三
六年ばかり岸本も隅田川に近く暮して見て、水辺《みずべ》に住むものの誰しもが耳にするような噂をよく耳にしたことはあるが、ついぞまだ女の死体が流れ着いたという実際の場合に自分で遭遇《でっくわ》したことはなかった。偶然にも、彼はそうした出来事のあった場所に行き合わせた。
「今朝《け
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