vいに散じつつあった。しばらく岸本は二人の学友と一緒に教会堂の内に残って、帰り行く信徒の群なぞを眺めて立っていた。そこへ来て親戚の代りとして挨拶《あいさつ》した年老いた人があった。三人とも世話になった以前の学校の幹事さんだ。
「可哀そうなことをしました」
 とその幹事さんが亡くなった学友のことを言った。
「子供は幾人《いくたり》あったんですか」
 と岸本が尋ねた。
「四人」
 と幹事さんは言って見せて、「後がすこし困るテ」という言葉を残しながら別れて行った。
 二人の学友と連立って岸本が帰りかけた頃は、会葬者は大抵出て行ってしまった。人気《ひとけ》の少い会堂の建物のみが残った。正面にある尖《とが》ったアーチ風の飾、高い壁、今が今まで花輪を飾った寝棺がその前に置かれてあった質素な説教台のみが残った。会葬者一同が立去った後の沢山並べてある長い腰掛椅子のみが残った。弔いの儀式のために特に用意したらしい説教台の横手にある大きな花瓶《かびん》と花と葉とのみが残った。そろそろ熱くなりかける時分のことで、教会堂風な窓々から明く射《さ》しこんで来る五月の日の光のみが残った。
 岸本は立去りがたい思をして、高い天井の下に映る日の光を眺めながら、つくづく生き残るものの悲哀《かなしみ》を覚えた。その悲哀を多くの親しい身内のものに死別れた後の底疲れに疲れて来た自分の身体で覚えた。
 足立や菅を見ると、若かった日の交遊が岸本の胸に浮んで来る。つづいてあの亡くなった青木のことなぞが聯想《れんそう》せられる。岸本と一緒にその教会堂の石階《いしだん》を降りた二人の学友は最早《もう》青木なぞの生きていた日のことを昔話にするような人達に成っていた。

        四

 それから岸本は二人の学友と一緒に見附を指《さ》して歩いた。久し振《ぶり》で足立の家の方へ誘われて行った。岸本を教会堂まで送って行った車夫は空車を引きながら、話し話し歩いて行く岸本の後へ随《つ》いて来た。
「何年振で会堂へ来て見たか」そんな話をして行くうちに、旧い見附跡に近い空地《あきち》のところへ出た。風の多い塵埃《ほこり》の立つ日で、黄ばんだ砂煙が渦を巻いてやって来た。その度《たび》に足立も、菅も、岸本も、背中をそむけて塵埃の通過ぎるのを待っては復《ま》た歩いた。
 蒸々と熱い日あたりは三人の行く先にあった。牧師が説教台の上で読んだ亡い学友の略伝――四十五年の人の一生――互にそのことを語り合いながら、城下らしい地勢の残ったところについて緩慢《なだらか》な坂の道を静かに上って行った。
「先刻《さっき》、僕が吾家《うち》から出掛けて来ると、丁度|御濠端《おほりばた》のところで皆に遭遇《でっくわ》した。僕は棺に随いて会堂までやって行った」
 と言出したのは三人の中でも一番|年長《としうえ》な足立であった。
「吾儕《われわれ》の組では、最早《もう》幾人《いくたり》亡くなってるだろう」
 それを岸本が言うと、足立は例の精《くわ》しいことの好きな調子で、
「二十人の卒業生の中が、四人欠けていたんだろう。これで五人目だ」
「まだ誰か死んでやしないか。もっと居ないような気がするぜ」それを言ったのは菅だ。
「この次は誰の番だろう」
 あの足立の串談《じょうだん》には、菅も岸本も黙ってしまった。しばらく三人は黙って歩いて行った。
「この三人の中じゃ、一番先へ僕が逝《い》きそうだ」と復《ま》た足立が笑いながら言出した。
「僕の方が怪しい」岸本はそれを言わずにいられなかった。
「ナニ、君は大丈夫だよ。僕こそ一番先かも知れない」と菅は串談のようにそれを言って笑った。
「ところがネ、僕はマイるものなら、この一二年にマイってしまいそうな気がする……」
 この岸本の言葉は二人の学友には串談とも聞えたか知れないが、彼自身は自分で自分の言ったことを笑えなかった。煙のような風塵《かざぼこり》が復た恐ろしくやって、彼は口の中がジャリジャリするほど砂を浴びた。
 その日は葬式の帰りがけにも関《かかわ》らず菅と二人で足立の家へ押掛けた。
「こうして揃《そろ》って来て貰うことは、めったに無い」それを足立が言っていろいろと持成《もてな》してくれた。思わず岸本は話し込んで、車夫を門前に待たせて置きながら、日暮頃までも話した。
「皆一緒に学校を出た時分――あの頃は、何か面白そうなことが先の方に吾儕を待っているような気がした。こうしているのが、これが君、人生かねえ」
 言出すつもりもなく岸本はそれを二人の学友の前に言出した。
「そうサ、これが人生だ」と菅は冷静な調子で言った。「僕はそう思うと変な気のすることがある」
「もうすこしどうかいうことは無いものかね」
 と岸本が言うと、足立はそれを引取って、
「そんなに面白いことが有ると思うのが、間違
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