黷トやって来て、義雄の居るところで岸本とも一緒に成った。
「叔父さんには私は浅草でお目に掛ったぎりです。私も今度は七年目で日本の土を踏んで見ました」
この中根の帰朝者らしい調子が岸本の耳には懐《なつ》かしかった。輝子はまた、
「仏蘭西からお帰りの時は、お寄り下さるかと思って、随分お待ち申しました」
と旅の土産《みやげ》なぞをそこへ取出しながら言った。一つ一つを模様のついた紙にひねった菓子、表紙の意匠からして特色のあるお伽噺《とぎばなし》の本、いずれも露西亜の香《におい》のしないものはなかった。見るもの聞くものは忘れがたい帰国の日のことを岸本の胸に喚起《よびおこ》させた。
「節ちゃん、お前にはお茶番を頼んだぜ」
と岸本は節子に言って、この珍客を款待《もてな》そうとした。彼はあの独りで悄然《しょうぜん》と高輪《たかなわ》の家の門口に立った時の帰朝者としての自分の姿を眼前《めのまえ》にある中根夫婦に思い比べずにはいられなかった。土産一つ出すにも、彼は「どうぞお貰い下さい」という調子で、兄夫婦や兄の子供の前に差出したものだ。中根夫婦が今、「これを進《あ》げます」と言ったように、泉太や繁に旅の土産を分つのに比べたら、何という相違だろうと思った。
九十八
夕飯まで離座敷《はなれ》に集まった親戚《しんせき》のものは、大人も、子供も、互に楽しい時を送った。二人ある輝子の子供のうちで、兄の子供の方は賢《さとし》と言い、妹の方は毬子《まりこ》と言ったが、毬子は賢ほど人見知りをしなかった。その毬子は直《す》ぐ泉太や繁の側へ行って子供らしい遊戯の仲間入をしている。賢は用心深く中根の側にばかり居て、「賢さん、賢さん」と岸本の子供に呼ばれても父親から離れようとはしなかったが、そのうちに飛出して行って繁を相手に相撲《すもう》なぞを取り始める。その光景《ありさま》を眺《なが》めながら中根は露西亜《ロシア》の旅の話に余念が無かった。義雄は部屋の片隅《かたすみ》に節子を呼んで親類|宛《あて》の手紙の代筆なぞをさせていたし、輝子は物書く妹の側へ覗《のぞ》きに行ったり子供等の側へ寄ったりして、叔父の下宿を見るのもめずらしそうに二つ続いた部屋の内を往《い》ったり来たりした。
「浅草の方にあった時計も掛っていますね」
と輝子は言った。
岸本の部屋の壁の上には古い柱時計があった。
前へ
次へ
全377ページ中312ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング