いがけない時《とき》にやって来《き》た。めったに学校《がっこう》を休《やす》んだことのない娘《むすめ》が、しかも受験前《じゅけんまえ》でいそがしがっている時《とき》であった。三|月《がつ》らしい春《はる》の朝日《あさひ》が茶《ちゃ》の間《ま》の障子《しょうじ》に射《さ》してくる頃《ころ》には、父《とう》さんは袖子《そでこ》を見《み》に来《き》た。その様子《ようす》をお初《はつ》に問《と》いたずねた。
「ええ、すこし……」
とお初《はつ》は曖昧《あいまい》な返事《へんじ》ばかりした。
 袖子《そでこ》は物《もの》も言《い》わずに寝苦《ねぐる》しがっていた。そこへ父《とう》さんが心配《しんぱい》して覗《のぞ》きに来《く》る度《たび》に、しまいにはお初《はつ》の方《ほう》でも隠《かく》しきれなかった。
「旦那《だんな》さん、袖子《そでこ》さんのは病気《びょうき》ではありません。」
 それを聞《き》くと、父《とう》さんは半信半疑《はんしんはんぎ》のままで、娘《むすめ》の側《そば》を離《はな》れた。日頃《ひごろ》母《かあ》さんの役《やく》まで兼《か》ねて着物《きもの》の世話《せわ》から何《なに》
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