さ》のように、生長《しとなり》ざかりの袖子《そでこ》は一層《いっそう》いきいきとした健康《けんこう》を恢復《かいふく》した。
「まあ、よかった。」
と言《い》って、あたりを見※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]《みまわ》した時《とき》の袖子《そでこ》は何《なに》がなしに悲《かな》しい思《おも》いに打《う》たれた。その悲《かな》しみは幼《おさな》い日《ひ》に別《わか》れを告《つ》げて行《ゆ》く悲《かな》しみであった。彼女《かのじょ》は最早《もはや》今《いま》までのような眼《め》でもって、近所《きんじょ》の子供達《こどもたち》を見《み》ることも出来《でき》なかった。あの光子《みつこ》さんなぞが黒《くろ》いふさふさした髪《かみ》の毛《け》を振《ふ》って、さも無邪気《むじゃき》に、家《いえ》のまわりを駆《か》け※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]《まわ》っているのを見《み》ると、袖子《そでこ》は自分でも、もう一度《いちど》何《なに》も知《し》らずに眠《ねむ》ってみたいと思《おも》った。
男《おとこ》と女《おんな》の相違《そうい》が、今《いま》は明《あき》らかに袖子《そでこ》に見《み》えてきた。さものんきそうな兄《にい》さん達《たち》とちがって、彼女《かのじょ》は自分《じぶん》を護《まも》らねばならなかった。大人《おとな》の世界《せかい》のことはすっかり分《わ》かってしまったとは言《い》えないまでも、すくなくもそれを覗《のぞ》いて見《み》た。その心《こころ》から、袖子《そでこ》は言《い》いあらわしがたい驚《おどろ》きをも誘《さそ》われた。
袖子《そでこ》の母《かあ》さんは、彼女《かのじょ》が生《う》まれると間《ま》もなく激《はげ》しい産後《さんご》の出血《しゅっけつ》で亡《な》くなった人《ひと》だ。その母《かあ》さんが亡《な》くなる時《とき》には、人《ひと》のからだに差《さ》したり引《ひ》いたりする潮《しお》が三|枚《まい》も四|枚《まい》もの母《かあ》さんの単衣《ひとえ》を雫《しずく》のようにした。それほど恐《おそ》ろしい勢《いきお》いで母《かあ》さんから引《ひ》いて行《い》った潮《しお》が――十五|年《ねん》の後《のち》になって――あの母《かあ》さんと生命《せいめい》の取《と》りかえっこをしたような人形娘《にんぎょうむすめ》に差《さ》して来《き》た。空《そ
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