よ。そんなに自分《じぶん》が遅《おそ》かったものですからね。もっと早《はや》くあなたに話《はな》してあげると好《よ》かった。そのくせ私《わたし》は話《はな》そう話《はな》そうと思《おも》いながら、まだ袖子《そでこ》さんには早《はや》かろうと思《おも》って、今《いま》まで言《い》わずにあったんですよ……つい、自分《じぶん》が遅《おそ》かったものですからね……学校《がっこう》の体操《たいそう》やなんかは、その間《あいだ》、休《やす》んだ方《ほう》がいいんですよ。」
こんな話《はなし》を袖子《そでこ》にして聞《き》かせた。
不安《ふあん》やら、心配《しんぱい》やら、思《おも》い出《だ》したばかりでもきまりのわるく、顔《かお》の紅《あか》くなるような思《おも》いで、袖子《そでこ》は学校《がっこう》への道《みち》を辿《たど》った。この急激《きゅうげき》な変化《へんか》――それを知《し》ってしまえば、心配《しんぱい》もなにもなく、ありふれたことだというこの変化《へんか》を、何《なん》の故《ゆえ》であるのか、何《なん》の為《ため》であるのか、それを袖子《そでこ》は知《し》りたかった。事実上《じじつじょう》の細《こま》かい注意《ちゅうい》を残《のこ》りなくお初《はつ》から教《おし》えられたにしても、こんな時《とき》に母《かあ》さんでも生《い》きていて、その膝《ひざ》に抱《だ》かれたら、としきりに恋《こい》しく思《おも》った。いつものように学校《がっこう》へ行《い》ってみると、袖子《そでこ》はもう以前《いぜん》の自分《じぶん》ではなかった。ことごとに自由《じゆう》を失《うしな》ったようで、あたりが狭《せま》かった。昨日《きのう》までの遊《あそ》びの友達《ともだち》からは遽《にわ》かに遠《とお》のいて、多勢《おおぜい》の友達《ともだち》が先生達《せんせいたち》と縄飛《なわと》びに鞠投《まりな》げに嬉戯《きぎ》するさまを運動場《うんどうじょう》の隅《すみ》にさびしく眺《なが》めつくした。
それから一|週間《しゅうかん》ばかり後《あと》になって、漸《ようや》く袖子《そでこ》はあたりまえのからだに帰《かえ》ることが出来《でき》た。溢《あふ》れて来《く》るものは、すべて清《きよ》い。あだかも春《はる》の雪《ゆき》に濡《ぬ》れて反《かえ》って伸《の》びる力《ちから》を増《ま》す若草《わかく
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