の発達に力を添えた人々の骨折と云うものは、文学の根柢《こんてい》に横たわる基礎工事であったと私には思われる。わたしがこんなスケッチをつくるかたわら、言文一致の研究をこころざすようになったのも、一朝一夕に思い立ったことではなかった。

 到頭、わたしは七年も山の上で暮した。その間には、小山内薫《おさないかおる》君、有島|生馬《いくま》君、青木|繁《しげる》君、田山花袋君、それから柳田国男君を馬場裏の家に迎えた日のことも忘れがたい。わたしはよく小諸義塾の鮫島《さめじま》理学士や水彩画家丸山|晩霞《ばんか》君と連れ立ち、学校の生徒等と一緒に千曲川の上流から下流の方までも旅行に出掛けた。このスケッチは、いろいろの意味で思い出の多い小諸生活の形見である。



底本:「千曲川のスケッチ」新潮文庫、新潮社
   1955(昭和30)年4月20日発行
   1970(昭和45)年5月5日25刷改版
   1998(平成10)年8月25日68刷
入力:割子田数哉
校正:松永正敏
2001年1月9日公開
2004年2月6日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(h
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