たが、造酒《つくりざけ》は金を寝かして商法に働きの少いのを見て取り、それから茶商に転じたという。時間の正しい人で、すこしでも掛値[#「掛値」は底本では「掛直」]《かけね》すれば、ずんずん帰って行くという風であったとか。幾人かの子に店を出させ、存命中はキチンキチンと屋賃を取り、死に際《ぎわ》にその店々を分けてくれて行った。一度でも茂十郎さんの家へ足踏したもののためには、死後に形見が用意してあったと言って驚いて、他《ひと》に話した女があったということも聞いた。私達の学校の校長に逢うと、よく故人の話が出て、客に呼ばれて行って一座した時でも無駄には酒を飲まなかったと言って徳利を控えた手付までして聞かせる。
「酒は飲むだけ飲めば、それで可いものです」
万事に茂十郎さんはこういう調子の人だったと聞いた。
小作人の家
学校の小使の家を訪ねる約束をした。辰さんは年貢《ねんぐ》を納める日だから私に来て見ろと言ってくれた。
小諸新町の坂を下りると、浅い谷がある。細い流を隔てて水車小屋と対したのが、辰さんの家だ。庭には蓆《むしろ》を敷きつめ、籾《もみ》を山のように積んで、辰さん兄弟がしき
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