更に小諸町裏の田圃側《たんぼわき》へ出て見ると、浅々と萌《も》え出た麦などは皆な白く埋もれて、岡つづきの起き伏すさまは、さながら雪の波の押し寄せて来るようである。さすがに田と田を区別する低い石垣には、大小の石の面も顕われ、黄ばんだ草の葉の垂れたのが見られぬでもない。遠い森、枯々な梢、一帯の人家、すべて柔かに深い鉛色を帯びて見える。この鉛色――もしくはすこし紫色を帯びたのが、これからの色彩の基調かとも言いたい。朦朧《もうろう》として、いかにもおぼつかないような名状し難い世界の方へ、人の心を連れて行くような色調だ。
翌々日に私はまた鶴沢という方の谷間《たにあい》へ出たことがあった。日光が恐しく烈しい勢で私に迫って来た。四面皆な雪の反射は殆《ほと》んど堪えられなかった。私は眼を開いてハッキリ物を見ることも出来なかった。まぶしいところは通り過《こ》して、私はほとほと痛いような日光の反射と熱とを感じた。そこはだらだらと次第下りに谷の方へ落ちている地勢で、高低の差別なく田畠もしくは桑畠に成っている。一段々々と刻んでは落ちている地層の側面は、焦茶色の枯草に掩《おお》われ、ところどころ赤黝《あかぐ
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