と》んど兄弟のようにして成長して来た。私が木曾の姉の家に一夏を送った時には君をも伴った。その時がたしか君に取っての初旅であったと覚えている。私は信州の小諸《こもろ》で家を持つように成ってから、二夏ほどあの山の上で妻と共に君を迎えた。その時の君は早や中学を卒《お》えようとするほどの立派な青年であった。君は一夏はお父さんを伴って来られ、一夏は君|独《ひと》りで来られた。この書の中にある小諸|城址《じょうし》の附近、中棚《なかだな》温泉、浅間一帯の傾斜の地なぞは君の記憶にも親しいものがあろうと思う。私は序のかわりとしてこれを君に宛てるばかりでなく、この書の全部を君に宛てて書いた。山の上に住んだ時の私からまだ中学の制服を着けていた頃の君へ。これが私には一番自然なことで、又たあの当時の生活の一番好い記念に成るような心地《こころもち》がする。
「もっと自分を新鮮に、そして簡素にすることはないか」
これは私が都会の空気の中から脱け出して、あの山国へ行った時の心であった。私は信州の百姓の中へ行って種々《いろいろ》なことを学んだ。田舎《いなか》教師としての私は小諸義塾で町の商人や旧士族やそれから百姓の
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