りを過した。熱い砂の上には這《は》いのめって、甲羅《こうら》を乾しているものもあった。ザンブと水の中へ飛込むものもあった。このあたりへは小娘まで遊びに来て、腕まくりをしたり、尻を端折《はしょ》ったりして、足を水に浸しながら余念なく遊び廻っていた。
三つの麦藁《むぎわら》帽子が石の間にあらわれた。師範校の連中だ。
「ちったア釣れましたかネ」と私が聞いた。
「ええ、すっかり釣られて了いました」
「どうだネ、君の方は」
「五|尾《ひき》ばかし掛るには掛りましたが、皆な欺《だま》されて了いました」
「む、む、二時間もあるのだから、ゆっくり言訳は考えられるサ……」
こんなことを言って、仲間の話を混返《まぜかえ》すものもあった。
この連中と一緒に、私は中棚の温泉の方へ戻って行った。沸し湯ではあるが、鉱泉に身を浸して、浴槽《よくそう》の中から外部《そと》の景色を眺《なが》めるのも心地《こころもち》が好かった。湯から上っても、皆の楽みは茶でも飲みながら、書生らしい雑談に耽《ふけ》ることであった。林檎畠、葡萄棚《ぶどうだな》なぞを渡って来る涼しい風は、私達の興を助けた。
「年をとれば、甘い物なんか食いたくなくなりましょうか」
と一人が言出したのが始まりで、食慾の話がそれからそれと引出された。
「十八史略を売って菓子屋の払いをしたことも有るからナア」
「菓子もいいが、随分かかるネ」
「僕は二年ばかり辛抱した……」
「それはエラい。二年の辛抱は出来ない。僕なぞは一週間に三度と定《き》めている」
「ところが、君、三年目となると、どうしても辛抱が出来なくなったサ」
「此頃《こないだ》、ある先生が――諸君は菓子屋へよく行そうだ、私はこれまでそういう処へ一切足を入れなかったが、一つ諸君連れてってくれ給え、こう言うじゃないか」
「フウン」
「一体諸君はよく菓子を好かれるが、一回に凡《およ》そどの位食べるんですか、と先生が言うから、そうです、まあ十銭から二十銭位食いますって言うと、それはエラい、そんなに食ってよく胃を害《こわ》さないものだと言われる。ええ、学校へ帰って来て、夕飯を食わずにいるものも有ります、とやったさ」
「そうだがねえ、いろいろなのが有るぜ、菓子に胃散をつけて食う男があるよ」
三人は何を言っても気が晴れるという風だ。中には、手を叩《たた》いて、踊り上って笑うものもあった。そ
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